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福田利子 「吉原はこんな所でございました」

2010.10.12 23:28
吉原はこんな所でございました 廓の女たちの昭和史 (ちくま文庫)吉原はこんな所でございました 廓の女たちの昭和史 (ちくま文庫)
(2010/10/08)
福田 利子

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 吉原遊郭の引手茶屋「松葉屋」の最後の女将であった福田利子さん(1920~2005)の半生記。
 三才で松葉屋の養女となって以来吉原と共にあった彼女の半生は、 戦前から戦中、戦後の赤線時代そして売春防止法施行後と、昭和という激動の時代の吉原を写しています。
 1986年に主婦と生活社から出版され、1993年には社会思想社の現代教養文庫として刊行されていたものの、永らく絶版状態でしたが、ちくま文庫で待望の復活です。 
 今まで吉原関連の本はけっこう読んだのですが、江戸期の成立過程やその構造の解説がメインのものが多くて、何と言うか、こちらが知りたい肝心要が出てこない、という消化不良な読後感をよく味わったものです。その肝心要って何だというと、その内部で実際に生きていた人たちの声、ですかね。本書は、引手茶屋の女将さんの記録ですから、そういう外からはなかなか窺い知れない内部の様子がかなり詳しく描かれていて、その点だけでも貴重な一冊だと思います。
 ただ、これはあくまで引手茶屋の女将の回想録であって、実際に遊郭で働いていた女の人たちの記録ではありませんから、ここに書かれているそのへんの実情がどのくらい公平なものなのかは議論の余地があるとは思いますが。
 少し説明をしておくと、戦前までの吉原には、遊女を抱えていた「貸座敷」、お客が遊女を呼んで遊ぶ「引手茶屋」(かつての「揚屋」。呼ばれた花魁が共を連れて貸座敷から揚屋までを道中するのが「花魁道中」)、それから「芸者屋」の三業組織があって、松葉屋はその中の「引手茶屋」でした。戦後は料亭となり、「はとバス」コースで「花魁ショー」を見せてくれるなどの話題で、割とご存知な方が多いのではないでしょうか。
 
 この本を読んでいて一番驚くのは、戦前までの吉原には思っていた以上に江戸以来の伝統とか情緒がまだしっかりと残っていることです。当時、引手茶屋を通してお客が登楼していた大見世は四つあるのですが(稲本楼、角海老楼、大文字楼、不二楼)、そこでは「初会」「裏を返す」「馴染み」(初会と二回目は顔を合わせるだけで、お客は三回通ってやっと花魁の寝所に入ることができたという、あれです)という江戸以来のしきたりがちゃんと守られていたのだそう。そういうものは早々に廃れていたんだろうなぁ、とぼんやり思っていたものだから、ちょっと驚きました。
 でもそれは戦前までの話なんですね。東京大空襲でそれまでの吉原は何もかもを焼き尽くされ、戦後はまるで変わってしまった。
 民主主義のもと、公娼制度が廃止されて今度は「赤線」が誕生するわけですが、そこにはもう、かつての吉原にあった江戸の面影や情緒はありません。年季奉公というものが消滅し、従って吉原を吉原たらしめていた決まりやしきたりも無くなって、そこはただ店とそこで働く女の人、その女を買う客という何ともドライで個人主義的な関係が成立する場になってゆく。それでも赤線時代くらいまではまだしんみりとした時代の陰があったようですが、時間が経つにつれそれもなくなって――今のソープランドの林立するヨシワラになっていくんですね。
 著者はそれを、吉原の人間として静かに見ています。
 でもだからって、一方的に情緒のあった昔の方が良かったとは思いません。
 かつての遊郭の娼妓たちというのは、親に売られてきた貧しい生まれの娘たちがほとんどです。この本でいちばんショックだった記述に、かつては花魁だったというある遣手のおばさんの話に出てくる昭和恐慌時の、役場の掲示板に「娘身売りの場合は当相談所へおいで下さい」という貼紙があった、というのがあるんですが、ひどい話です。まだまだ公的な整備が不十分で、貧しい農村部では娘を売って生計を立てざるを得なかったそんな時代が、ちょっと前まではたしかにあったんだと思うと、今の格差社会はまだまだましなのだと感じます。 

 兎にも角にも、昭和という激動の時代の吉原につて、これほど詳しく書かれたものもないんじゃないかと思います。実際にそこで生きていた方の言葉で語られるものを読むと、かつての吉原遊郭という場所が実態を伴って蘇ってきます。この感じ、研究書などではちょっと得られないかもしれません。とても読み応えがありました。

 …余談ですが、前に京都・島原の輪違屋当主・高橋 利樹さんの著書
「京の花街「輪違屋」物語」で、松葉屋が店を閉じる時に女将さんが一族を連れて「長い間真似をさせてもらってありがとうございました」とお礼に来られた、というエピソードがあったことを思い出しました。輪違屋は島原最後の置屋として、今でも健在です。
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本や映画や音楽の感想を新旧問わずマイペースに書いています。
ジャンルは何でもござれですが、微妙な偏りがあるみたいでそれに流されがち。好みの合う方がいらっしゃれば大歓迎です。
本、というか文芸は物語のしっかりしたものよりは、迷宮に迷わせてくれるような作品が好み。映画は劇場鑑賞派です。
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