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石井美樹子 「マリー・アントワネットの宮廷画家」

2011.08.09 23:57
マリー・アントワネットの宮廷画家―ルイーズ・ヴィジェ・ルブランの生涯マリー・アントワネットの宮廷画家―ルイーズ・ヴィジェ・ルブランの生涯
(2011/02/04)
石井 美樹子

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 王妃マリー・アントワネットの肖像画家として知られるルイーズ・ヴィジェ・ルブラン((Marie Élisabeth-Louise Vigée Le Brun:1755~1842)の本邦初の評伝。
 王妃はじめ多くの貴族たちを描いた革命前夜からフランス革命を生き抜き、その後はヨーロッパ各地を放浪したその遍歴は、まるであの激動の時代を体現しているようです。
 ルイーズ・ヴィジェ・ルブランの名前は知らなくても、彼女の絵は誰もが知っているだろう。
 あのフランス革命でギロチンの露と消えた王妃マリー・アントワネットの肖像画は、そのほとんどが彼女の描いたものだから。教科書で関連書でテレビの関連番組で、誰でも一度は目にしているよく知られたマリー・アントワネットの姿は、彼女の手によるものなのだ。
 有名だがボーヴォワールが酷評するなどヴィジェ・ルブランの絵はこれまで正当な評価を得ていない感が強かったけれど、近年再評価の機運が高まっているようにも見える。

 ヴィジェ・ルブランはパステル画家ルイ・ヴィジェを父に、1755年パリに生まれます。僅か12才で父を亡くすという不幸に見舞われるも、幼い頃から絵の才能を伸ばしていた彼女は15才の頃にはもう肖像画家として身を立てている。
 ヴィジェ・ルブランはレンブラント、ルーベンス、そしてラファエロの影響を大きく受け、ちょうどパリではそれまで流行していた装飾過多なロココ趣味への反動が出ていた時期とも重なって、その柔らかな印象の画風は次第に貴族たちの間でもてはやされるようになる。そして王妃マリー・アントワネットの宮廷画家として名を馳せた彼女は、オルレアン公爵と公爵夫人、プロヴァンス伯爵夫人、アルトワ伯爵夫人、王妹エリザベート、アデライード王女、ヴィクトワール王女など、錚々たる面々の肖像画を手がけている。
 そうした人々に混じって、マリー・アントワネットの取り巻きとして悪名を馳せたポリニャック公爵夫人やランバル公爵夫、ルイ15世の最後の愛人デュ・バリー伯爵夫人の肖像画も描いており、今更ながらにああ、あれってこの人の絵だったのかと気が付く。
 フランス革命前夜、アンシャン・レジームの頂点に立ちヴェルサイユ宮殿を闊歩していた、そして革命を境に激動に呑まれた人々の最後の優雅を、図らずも彼女は画布に残していたのだ。
 
 革命の年の1789年、王妃に近い人物のひとりであるために危険が降りかかるのを避けるため、ヴィジェ・ルブランはパリを脱出し、イタリアに亡命、その後の長い放浪が始まる。イタリアからウィーン、サンクトペテルブルク、ベルリンと遍歴を重ねながら、彼女は各地の王侯貴族の肖像画を手掛けている。
 これほど移動し、そしてそのたびに住まいに頭を悩まされた人もいなかったんじゃないのかと思った。特にローマでは近隣住民や部屋の不備から生じる騒音に、モスクワではストーブの煙の逆流やひどい雨漏りに悩まされて数回住まいを変えている。
 彼女が女性だった、そしてなにより画家であったことが影響しているとしても、実は当時の住宅事情はかなり劣悪だったのでは、と思えてくるエピソードだ。

 もうひとつ彼女の頭を悩ませていたのは、夫ピエール・ルブランの存在だ。画商であったピエールはフェルメールの発見者として知られるが、私生活では女にだらしなくてギャンブル好きというどうしようもない男だった。彼はヴィジェ・ルブランが各地を放浪している間もパリで女とギャンブルに浸っておまけに借金まで作っており、なんと放浪先の妻に金を無心する始末。妻の持ち物は法的には夫に属するとみなされていた当時、ヴィジェ・ルブランは夫にほとほと苦しめられていたようだ。
 彼女の作品が旧体制時代に見た理想の美しさを描きながらもただきれいなだけではない、見るものを惹きつける魅力を持っているのは、彼女が画家として自立した女性であったためかもしれない。

 長い放浪の末、1805年、ヴィジェ・ルブランは12年ぶりにパリに戻ります。けれどもナポレオン統治下の祖国はもうかつての彼女の愛した祖国ではなく、それが彼女を深く哀しませる。
 彼女は、旧体制を愛していた。理想の美を描き続けた彼女にとっては、革命で崩壊した旧体制下のフランスこそが祖国なのであり、革命の成った後の姿はまるで別の国のように見える。
 分断されたふたつのまるで違う時代を生きた当時の人々の中には、彼女のようにいつまでも癒されない思いを抱えて生きていた人も少なからずいたのでは、と思わされる。
 その後彼女はナポレオンよりはるかに長生きして画家の仕事はもちろん回想録を書くなどし、1874年に87才で世を去る。
 フランス革命を挟んで激動を生き抜いた彼女の生き様には、勇気づけられるものがあった。そしていつか彼女の作品を見ることがあったら、そんな彼女を想いながらじっくり鑑賞してみようと思いました。
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本や映画や音楽の感想を新旧問わずマイペースに書いています。
ジャンルは何でもござれですが、微妙な偏りがあるみたいでそれに流されがち。好みの合う方がいらっしゃれば大歓迎です。
本、というか文芸は物語のしっかりしたものよりは、迷宮に迷わせてくれるような作品が好み。映画は劇場鑑賞派です。
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