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アレクサンドリア

2011.03.24 19:45
 随分と放置してしまいました。
 地震・津波災害に更には原発事故と、次々と報道される被災地の状況に胸が痛くてとても本など読めない状態が続いていましたが、このままこのブログを放置し続けるのもどうなんだろう等色々思いまして、再開させることにしました。
 私に出来ることといえば、せめて義援金や支援物資を送るとか、買い貯めをしない、風評被害を拡大させない、そのくらいしかありません。安全な場所にいながらそんな事しか出来ない自分が情けなくて仕方ないですが、今は出来ることをやっていこうと思っています。
 被災された方には一日も早い復興を、そして亡くなられた方にはご冥福を心からお祈り致します。 

 **********


 それでは、まずは少し前に観てきたレイチェル・ワイズ主演の歴史ドラマ「アレクサンドリア」のことを。

Story> 4世紀、エジプトのアレクサンドリア。あふれる知性と美貌を持つ女性天文学者のヒュパティア(レイチェル・ワイズ)は、多くの弟子たちに慕われていた。一方、アレクサンドリアではキリスト教が急速に広まっており、ついにはキリスト教徒たちに古代の神々を侮辱された科学者が、彼らに刃を向ける事態に発展してしまい……。

 この時代を扱った作品にありがちな娯楽作品ではなく、ヒュパティアという人物を通して異文化の衝突と迫害を描ききった作品。
 アレクサンドリアと言えば世界七不思議のひとつ大灯台と世界一の書物を所蔵していたと云われる図書館が有名な、2300年の歴史を持つ北アフリカ、地中海に臨む都市。この映画は、紀元4世紀、実在の女性数学者・天文学者・哲学者ヒュパティアを主人公に、キリスト教国化した西ローマ帝国時代のアレキサンドリアが描かれています。

 名高い女天文学者ヒュパティアは、多くの弟子たちに慕われ教えていた。彼女の弟子の中で特に熱心なのは、野心家のオレステス(オスカー・アイザック)、キリスト教徒のシュネシオス(ルパート・エヴァンス)、そして彼女の奴隷のダオス(マックス・ミンゲラ)。このうちオレステスとダオスはヒュパティアに恋をしていて、前者は積極的に彼女を求め、後者は身分の違いゆえに許されぬ想いを胸にひたすら彼女を見つめている。
 ある時、公共の劇場で父親と観劇していたヒュパティアに、オレステスが公衆の面前で堂々と求愛をする。それを劇場の外から眺めていたダオス(奴隷は中に入ることが許されない)は、彼女を彼に渡したくない、いや誰にも渡したくないと思う。それが彼を当時奇跡を起こすと言われて下層民を中心に拡大していたキリスト教に近付けさせ、奇跡が起こるようにと唯一神に祈る。
 翌日、ヒュパティアはオレステスへの返答を、昨日のお返しとばかりに弟子たちの座る講義の場で行う。彼女は彼を受け入れなかった。一部始終を見ていたダオスはこれを、神への祈りが通じた結果だと思い、さらなる感謝を神に捧げる。
 その直後、アゴラ(公衆の広場)でキリスト教徒たちがギリシア・ローマ、エジプトの古き神々を冒涜する行いに出、これに怒り狂った科学者たちが彼らを攻撃し始める。始めはキリスト教徒たちを直ぐに押さえ込めるだろうと見ていた科学者たちだったが、「いつの間にこんなに増えていたのだ」と唖然とする事態に。ローマは313年にキリスト教を国教化していて、ローマ皇帝さえもキリスト教徒という時代。かつてキリスト自身がはくがいされゴルゴダの丘で磔刑に処された時代とは違い、今や支配する側に立とうとしていた彼らは、「異教徒」の弾圧に容赦がない。明け渡された図書館で、知識の粋が集まった場であることに敬意など払わず、彼らは破壊の限りを尽くす。そのありさまにヒュパティアは為す術も無く悲嘆に暮れる。
 
 それから時は流れ、ヒュパティアの弟子たちはそれぞれの道を進んでいた。
 オレステスは総督に、シュネシオスは司教にそれぞれ出世し、ダオスは修道戦士になっていた。そしてヒュパティアは相変わらず、研究に明け暮れていた。
 時のアレクサンドリア主教キュリロス(サミ・サミール)は、頑なに改宗しないどころか教義を冒涜する考えを固持するヒュパティアを良くは思わず、活での弟子の中で唯一彼女を訪れ慕い続けているオレステスをも巻き込むかたちで様々な圧力をかけてくる。それがやがて、ヒュパティア虐殺へと繋がっていく。

 ヒュパティアは、アレクサンドリアそのものを体現している。そのアレクサンドリアを、為政者=オレステス、宗教=シュネシオス、下層民=ダオスはそれぞれに敬愛している。ところが為政者と下層民はそれぞれの方法でこれを守ろうとするが、宗教――キリスト教徒はこれを見放し、いつしか蔑むまでになる。彼らにとっては神の教えこそが唯一の真実であり、それに反するものは抹消するべき存在でしかない。彼らの手によって、ヒュパティアはその体を八つ裂きにされるのだ。

  イギリスの作家E・Mフォースターは、著作「アレクサンドリア」にこう書いています。

「彼女(=ヒュパティア)とともに、ギリシャ精神は死んだ。ひたすら真実の発見と美の創造につとめ、アレクサンドリアを建設したギリシャ精神は、このとき死んだのである。」(ちくま学芸文庫版:99頁)

 アレクサンドリアを完膚無きまでに捩じ伏せ、その生命であった古代ギリシャ以来の知識の息の根を止めたのが宗教であったというのには色々考えさせられる。そしてこの蛮行を扇動した主教キュリロスがのちに聖人に列せられているのには、それはどうよと思ってしまう。キリスト教の聖人には、どのくらこういう手合いがいるのやら。フォースターの言う通り、彼女と共にアレクサンドリアが誇った古代以来のギリシャ精神は死んだのだ。

 ヒュパティアを女としてではなくあくまで真理を追求する学者として描ききっているところが秀逸。そのヒュパティア役のレイチェル・ワイズは、凛とした美しさが役にぴったりで素晴らしいです。それから最初は傲慢さが鼻についたけれどもいちばん共感できたオレステス役のオスカー・アイザック、どこかで見た事あるなぁと思ったら「ロビン・フッド」でジョン王をやってた人でした。
 残酷なシーンもあるのでそういうのが苦手な方にはおすすめできませんが、とても見応えのある歴史ドラマでした。
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夜長姫

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ジャンルは何でもござれですが、微妙な偏りがあるみたいでそれに流されがち。好みの合う方がいらっしゃれば大歓迎です。
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