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わたしを離さないで

2011.04.08 23:28

 カズオ・イシグロ原作の映画「わたしを離さないで」観てきました。

Story> 外界から隔絶された寄宿学校ヘールシャムで、普通の人とは違う「特別な存在」として育ってきたキャシー(キャリー・マリガン)、ルース(キーラ・ナイトレイ)、トミー(アンドリュー・ガーフィールド)。しかし彼らには、残酷な運命が待ち受けていた。

 SFというよりは、命という重い問題を突きつけてくる深い作品。原作の持つ雰囲気を損なうことなく映像化されています。
 ええと、私はカズオ・イシグロの原作がとても好きです。
 あれを読んだ時の胸に突き刺さるような衝撃が未だ忘れられません。
 そんな個人的にもものすごく思い入れの深い作品ですので、映画化の話が持ち上がった時から、期待と、大丈夫かな、という不安がないまぜのまま上映が始まるのを待っていました。 ほら、原作が優れているものの映像化って、がっかりさせられることが多いじゃないですか(笑)。でも、久々にキーラ(大好きです)も出ているし、結局観に行ったわけですが。

 と、いうわけで、以下原作ファンの書いた感想ということを了承して頂ければ幸いです。

 映像化するにあたって、原作の雰囲気を上手く出しているな、と思ったのは、物語の時代設定。
 原作ではクローン技術が実用化された近未来なんですが、映画では時代設定を1970年代から1990年代のイギリスとし、そこに「人類の平均寿命が100歳を超えた」とか「クローン技術の利用の合法化」などの現実にはない事象を紛れさせた、いわゆるパラレルな世界になっている。
 これは、SF的な主題を扱いながらもSFではない、キャシー・Hという語り手によってごくありふれた日常の中に衝撃的な事実が語られている原作の持つ雰囲気を、上手く映像にしていると思います。

 1970年代、社会から隔離された寄宿学校ヘールシャム。そこはエミリ先生(シャーロット・ランプリング)曰く「特別な」子どもを育てている。図画に特別力を入れた教育が行われていたり、奇妙だな、と思いつつも、そこにいる子どもたちはいたって普通の子どもである。
 物語の語り手・キャシーと、トミー、ルースの三人はこの不思議な場所でともに育つ。
 ある日、ルーシー先生(サリー・ホーキンス)が子どもたちにこう告げる―
 「あなた方は教わってっているようで実は教わっていません。形ばかり教わっていても、本当に理解しているとは思えません。―自分が何者で、この先に何が待っているのかを知ってくさだい」

 巧みに隠されている事実―彼らは、臓器提供用につくられたクローンなのだ。
 
 彼らはただそのためだけに存在し、学校を出た後には提供が始まる。ルーシー先生が告げるとおり、彼らはアメリカには行けないし映画のスターにはなれないしスーパーで働くこともない。ただ、自分をつくった「誰か」のためにその臓器を提供していく、それだけの存在なのだ。
 彼らの人生はとても短い。中年になるのを待たずに「終了」する。
 ルーシー先生の話で、キャシーたちは自分が何者で何のために存在しているのかを「理解」し、そう遠くない「終了」までの日々を生きていくのだ。そのほかに、彼らに選べる道はない。

 成長していく中で、キャシーとトミーの間には恋愛以上の深い絆みたいなものが育まれていたのですが、それに嫉妬したルースがトミーを自分のものにしてしまう。この三角関係が、映画では全面に出ていてちょっとベタなくらいで、キャシーの淡々とした語りで進む原作とは印象が随分違う。正直こんなに生臭い話だったっけ? と思ってしまったほど。原作のいろんな印象的なエピソードが削られているせいかもしれない。
 けれどもこの人間臭すぎる恋愛模様こそが、彼らがちゃんと魂のある存在だと認識させる、いや、私たちと同じものたちの話じゃないかと錯覚させる。そして、その後彼らに訪れる運命の過酷さを際立たせる。
 この三角関係は、その後意外な形で発展していく。

 本当に愛し合っている恋人たちには、それが証明されたなら提供の猶予期間を与えられる、そんな噂が囁かれており、キャシーとトミーは、その仲を引き裂いてしまったことを悔やんでいたルースによってその糸口を掴むことになるのですが、待ち受けていたのは残酷な事実だった。

 彼らに同情することは、最も残酷な仕打ちであるように思う。
 「オリジナルの」生命体である私たちは、未来永劫絶対に「彼ら」にはならない。その、絶対に揺らぐことのない安全圏から彼らを「何とかわいそうな存在だろう」と憐れむ行為は何にもならないし、時にひどく傲慢にさえ思えてくる。
 この作品が秀逸なのは、「クローン」という、ともすればその響きが与えるままの無機質な人工物と考えてしまいそうな彼らを、私たちと何ら変わらない、感情や意思を持つ血の通った存在として描き出したことだろう。
 明らかに独立した「命」として存在する彼らを、果たして私たちへの臓器提供目的だけのために「生産」していいのか。
 彼らの喜びや苦しみや悲しみや葛藤―それらは私たちのそれと何の変わりもない―を、どう考えればいいのか。

 数年前に似たようなテーマの「アイランド」という映画がありましたが、あれみたいなパッピーエンドは期待しないほうがいいですし、これはあれとはまったく違う。
 3人のうちのだれも報われず、苦々しさの残るラストですが、だからこそより「ありそうな」話になっているし、なによりこの問題に真摯に向き合っている、そう感じます。

 主演3人の演技がとても素晴らしいです。そして映像も、さずが音楽のPVで高評価を得ているマーク・ロマネクらしい美しいものでした。その美しさが、この映画の残酷さを際立たせていたように思います。
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本や映画や音楽の感想を新旧問わずマイペースに書いています。
ジャンルは何でもござれですが、微妙な偏りがあるみたいでそれに流されがち。好みの合う方がいらっしゃれば大歓迎です。
本、というか文芸は物語のしっかりしたものよりは、迷宮に迷わせてくれるような作品が好み。映画は劇場鑑賞派です。
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