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谷崎潤一郎「陰翳礼讃」

2011.05.02 23:55
陰翳礼讃 (中公文庫)陰翳礼讃 (中公文庫)
(1995/09)
谷崎 潤一郎

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 日本社会が急速に欧米化していった昭和初期に書かれた谷崎潤一郎の随筆集。表題作の「陰翳礼讃」はじめ、「懶惰の説」「恋愛及び色情」「客ぎらい」「旅のいろいろ」「厠のいろいろ」を収録。東洋と西洋の本質的な文化の相違について語り尽くす。
 どれも谷崎らしい非の打ち所のない文章で綴られた見事な文化論ですが、ここではいろいろ話題になっている「陰翳礼讃」を中心に感想を書きます。
 陰翳礼讃―文字通りかつて日本にあった暗がりを褒め称えている一篇なんですが、読んでいくにつれ、私たちは近代的な明るさを手にしたと同時にかなり大きなものを失ったのではないのか、という気分にさせられます。
 不意に思い出したのが、四国の山の中にある祖母の家。この本に出てくるような立派な屋敷などではもちろんなく、小さな農家の家だが築150年経っているだけあって、今でも例えばトイレに伸びる廊下などは昼間でも足元の覚束無いほど暗い。子供の頃はあの家のあちこちに凝っている暗がりが怖くて、行くのが真剣に嫌だった。思えば昔の暮らしとうのは、あれに近い、いや、もっと闇に近いものだったのに違いない。
 これが書かれたのが昭和8年。それから80年後の今の日本を見たら、谷崎はどんな感想を漏らすのだろう。

 かつて人は、日が暮れたらゆらゆらと揺れる蠟燭の灯ばかりが頼りの心許無い場に身を置いていた。
 古典を読んでいてときどき遭遇する妖かしや百鬼夜行などの怪異でさえ、当時の京の夜の暗さを念頭に置くと不思議と現実味を帯びてくる。あれは、一寸先も見透せぬ「ぬばたま」の闇か見せ、出現させていたのだろう。そしてそうした怪異が夜の明るさが増すと共に消滅していったのも頷ける(とはいえ現代の「闇」もまた、さまざまな都市伝説的怪談を生み出していたりもするけれど)。
 そして、芸妓の白塗りの面や漆器やかつての鉄漿の風習や、さらには能楽や歌舞伎といった舞台芸術は、全てかつて暗がりがあった頃のものだったのだということに気付かされる。それらの醸し出す良さは、暗がりに灯る明かりに浮かび上がってこそ現れるものなのだ、と。
 これは、例えば昔の小袖が時にとんでもなく派手な色彩に溢れ金糸を惜しげもなく使っていたりしているのも同じ。これらは、現代の煌々と灯る電灯のもとではひどくあくどく映ってしまいがちだが、それもそのはず、もともと隈無く光り輝く中で見るものではないのだ。

 ところで、これら闇に浮かび上がる妖しきものの中で、特に納得してしまったのは羊羹のエピソード。
 
「玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢みる如きほの明るさを啣んでいる感じ、あの色あいの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない。クリームなどはあれに比べると何と云う浅はかさ、単純さであろう。だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる。人はあの冷たく滑らかなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。(28・29頁)」

 …白状すると、私は羊羹が嫌いです(笑)。甘いものなら何でもござれな大の甘党人間ですが、あれの良さだけは分からない。そりゃあきみ、いい羊羹を食べてないからだよ、などと親切心からど高い羊羹をご馳走されても、ついぞ美味しいと思ったことがない。
 その理由が、この文章を読んだときに解けた気がしました。
 いや、羊羹という菓子の味わい方が解ったという方がいいかもしれません。
 羊羹を「玉」に例えているのも実に言い得て妙、といいますか。
 これの少し前に玉について、

「支那人はまた玉と云う石を愛するが、あの、妙に薄濁りのした、幾百年もの古い空気が一つに凝結したような、奥の奥の方までどろんとした鈍い光りを含む石のかたまりに魅力を感ずるのは、われわれ東洋人だけではないであろうか。ルビーやエメラルドのような色彩があるのでもなければ、金剛石のような輝きがあるのでもないあゝ云う石の何処に愛着を覚えるのか、私たちにもよく分からないが、しかしあのどんよりした肌を見ると、如何にも支那の石らしい気がし、長い過去を持つ支那文明の滓があの厚みのある濁りの中に堆積しているように思われ、支那人があゝいう色沢や物質を嗜好するのに不思議はないと云うことだけは、頷ける。(21頁)」

 と書かれていますがこれは、何でもぴかぴか光り輝くものを好む西洋に対して、東洋はこの凝った暗がりに価値を見いだしているということを見事に言い当てていると思いました。

 谷崎も触れている髪の色のみならず、日本人(というか東洋人)は黒い瞳を持っている。そのために黒―闇をより美しく見ることができるのだと聞いたのは、いつの美術の時間だっただろう。それは、私たちの文化が闇に美を見出してきたことに大きく関わっているのだと思う。そして、西洋人のあの抜けるように鮮やかな青や碧の瞳を見ていると、彼らにこの仄暗い闇色の醸しだす妖しさは理解出来ないだろうと思うのだ。
 
 それにしても谷崎の文章は上手い。羊羹について語らせてもたかが羊羹、と思わせない凄さがありますよね、あの文章。
 この他、猫のしっぽがほしいと語ったりしている「客ぎらい」もユーモラスで面白くて好きです。
 かつての日本社会に息づいていたものを追うと同時に谷崎の見事な文章も堪能できる、贅沢な一冊でした。
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本や映画や音楽の感想を新旧問わずマイペースに書いています。
ジャンルは何でもござれですが、微妙な偏りがあるみたいでそれに流されがち。好みの合う方がいらっしゃれば大歓迎です。
本、というか文芸は物語のしっかりしたものよりは、迷宮に迷わせてくれるような作品が好み。映画は劇場鑑賞派です。
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