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田辺聖子「欲しがりません勝つまでは」

2011.05.22 15:14
欲しがりません勝つまでは (ポプラ文庫)欲しがりません勝つまでは (ポプラ文庫)
(2009/06/10)
田辺 聖子

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 田辺聖子の戦争中に送った子供時代・少女時代の回想録。
 文学少女だったその読書歴や当時すでに書いていた小説の習作(必見!)も収めつつ、当時の様子を子どもの視点から描いている。
 田辺聖子は1928(昭和3)年大阪生まれ。
 この自伝は、昭和16年、彼女が13才の女学生だった頃から始まっている。
 満州事変に始まる日中戦争は泥沼化し、この年の12月には真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まるという、戦争の真っ只中の時代。
 ジャンヌ・ダルクに憧れ、天皇陛下と祖国のために命を捧げると決心しているような、当時は当たり前な愛国少女だったという。
 
 戦時下と言っても、何もずっと暗い時代だったわけではない。物資が足りなくなったりと生活が本当に苦しくなるのは戦局も末期になってからで、それまでは案外普通に生活をしている。
 けれどもその中で「少女の友」から当時少女たちに絶大な人気を誇っていた中原淳一の絵が、時局に合わない不健全なものだとして消えたり、両親が営んでいた写真館で働いていた男の人達が次々と戦地に送られたりと、時代のきな臭さは少女の身近なところでも起こっていた。

 日本の真珠湾攻撃を告げるラジオを家族で聞いているエピソードが興味深い。
 著者の父や祖父はとうとうアメリカとやるのか、と興奮気味なのに対し、母や祖母は「これ以上戦争しますのか、もう、ええかがんにして欲しいわ」とぼやく。すると昔気質の祖父が「バカモン!」と怒鳴る(84・85頁)。戦争にどこか夢を見ている男たちと、家を切り盛りしながら生活がじわじわと確実に悪化していることを直に肌で感じていた女たちとの認識のズレの表れているエピソードだと思う。

 そんな大人たちをよそに、著者は大好きな小説を読み、また自らも書いたり女学校の友人たちと「少女草(おとめぐさ)」という回覧雑誌を作ったりしながら、女学生生活を送っている。
 
 要所要所で当時の習作が挿入されているが、それには彼女が影響を受けたものや時代が反映されている。
 中原淳一の絵が見れた頃は、吉屋信子ばりの少女小説。僅か16で肺結核のために亡くなった山川弥千枝の遺稿集「薔薇は生きている」を読んでいた頃は「或る少女の遺書」という、タイトル通り死について書いたもの。真珠湾攻撃の頃には吉川英治にはまって歴史大作を。盟友ドイツに感銘を受けていた頃にはイギリス軍をスパイするドイツ人の話。パール・バックの「大地」にのめりこんだら中国もの革命家の話。戦局がいよいよ悪化した頃には、アメリカによって攻撃される架空の国を舞台にした「最後の一人まで」とい小説。
 それらは十代の少女が書いたものとは思えないものばかりで、この頃からすでに才能の片鱗が覗いているなと思ったのだが、ドイツのスパイ物の小説で、登場人物はドイツ人なのにスチュアートとかクレーヴとか、英仏風の名前なのが、本人も突っ込んでいるけれども可笑しい。でもそこに大人顔負けの文章を書いてはいてもまだまだ十代の少女なんだなと思える気がして、ちょっとほっとします。
 それにしても、それを直しもせずにそのまま掲載している著者はある意味凄い。

 小説や絵は腹の足しにはならないし、それがなくても人間は生きていける。
 けれども、ほんの些細な娯楽もどんどん贅沢の一言で片付けられ憚っていた時代の中で、著者の心を満たしていたのは生活の足しにはならないはずの小説や中原淳一の絵だった。過酷な時代だからこそ、そうしたものの果たした役割は大きかったのかもしれない。殺伐とひび割れた地に水がしみこんでいくように人の心を潤し豊かにしていくのだと思う。
 そう思えば、いつの時代にあっても、こうした一見無駄なように見える小さな愉しみは、人が人らしく生きて行くためには必要なものだと言える。

 戦局はどんどん悪化していく。1945(昭和20)年3月に硫黄島が玉砕してからは連日敵機の本土への空襲が行われ、著者の家も空襲で焼けてしまう。
 けれども当時通っていた女学校の建つあたりは空襲を受けておらず、学校も、」そこに通う女学生たちも、空襲の地獄絵とはまるで別世界のようにのんびりしている。空襲をまるで人事のように捉えている同窓生の姿に著者は違和感を覚えるが、当時はこうした空襲の罹災者とそうでない者との間に深い溝が生じていたケースは、案外多かったようだ。
  
 やがて、日本が負けて戦争が終わる。
 それは、物心ついた時から戦争に明け暮れる日本の姿しか知らなかった少女には、にわかに受け入れられないことだった。ついこの間まで本土決戦だの玉砕だのと言い、子供たちに対して「欲しがりません勝つまでは」などという標語を掲げさせてきた大人たちは、敗戦を境に手のひらを返すように一億総ざんげだの民主主義だのと言い出す。その姿に不信感を抱き、空襲で家を焼かれた少女には何を聞いても「ほんまかいな」という思いがつきまとう。
 そして、戦火をくぐり抜け、敗戦で天と地がひっくり返ったあとに残ったもの、それは自分自身の意思で「生きたい」という思い。

「自分の後半生の人生は、きっと自分の遠い心のおくそこの声だけを聞く、他人にあやつられない人生でありたい、と思いはじめていた。(298頁)」

 田辺さんの本当の意味での人生は、ここから始まったのだと思う。
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本や映画や音楽の感想を新旧問わずマイペースに書いています。
ジャンルは何でもござれですが、微妙な偏りがあるみたいでそれに流されがち。好みの合う方がいらっしゃれば大歓迎です。
本、というか文芸は物語のしっかりしたものよりは、迷宮に迷わせてくれるような作品が好み。映画は劇場鑑賞派です。
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